2018年7月12日木曜日

Google Mobile First Indexについて6

Fetch as GoogleでGoogleに再インデックスリクエストをしてから3日目。全ページの再インデックスが完了した。
たったの3日の事ではあるが、検索結果に表示されないというのはSEOをやるものとしては不安この上ない日々であった。w
インデックスされていなければ全く検索結果には表示されないのだから。
今回、リクエストがASAPで受け入れられた理由は、Googleにも不手際があったという認識があったからだと思う。

2018年7月11日水曜日

Google Mobile First Indexについて5

7月9日にモバイルファーストインデックスがサイトに導入されて2日目の11日。
一部元通りの順位に戻ったページもあるが、それはインデックスされているページの順位が修正されたから。
インデックスされていないページに関しては、相変わらず検索結果ページにまったく掲載されていない。
サイト丸ごとに対してモバイルファーストインデックスを導入するのではなく、段階的に導入することで未インデックスページができてしまうのははた迷惑な話だ。

Google Mobile First Indexについて4

Google Analyticsでアクセス数をみても当然ながら激減している。
半分のページは検索結果に表示すらされていないわけだからクリックされない、したがってアクセスはないわけだ。
インデックスされていないページは特定できるものの、これを強制的にインデックスさせる手段は、Fetch as GoogleからのURL送信しかない。
URL送信したからと言ってGoogleが即対応した試しはない。今はお代官様の気分が変わるのを待つしか望みはないのである。

Google Mobile First Indexについて3

先週、Googleからモバイルファーストインデックスがサイトに導入される旨メールが来た。
そして月曜日、いきなり導入が開始された。このスピード感はいつもながら素晴らしい。
しかし、喜んでばかりはいられない。検索結果順位が軒並み下がっていることに気付いたからだ。
調べてみると、全ページがインデックスされていたのに、なんと半分しかインデックスされていないのだ。

Google Mobile First Indexについて2

全ページが再インデックスされるまで待っていては3週間程度はかかるので、最低、以下のことはやっておきたい。
1、sitemap.xmlを作り直してウェブサーバにUL
2、Search Consoleから送信
3、Fetch as Googleからモバイルボットに対してサイトの再インデックス依頼
これをやったからと言って、即全ページが再インデックスされるわけではないので、やらないよりやっておいた方がいいという程度だが。

Google Mobile First Indexについて1

モバイルファーストインデックスにより、Googleの検索結果が、PCの検索結果ではなく、スマートフォンの検索結果をもとに検索順位を表示するようになった。
これまで、スマートフォンサイトやレスポンシブデザインの採用によりURLがPCサイトと同一のサイトは影響を受けないとされてきたが、実際はそんなことはない。
10位以内にランクインしていたページが、再インデックスされるまでに、軒並みランクアウトしてしまうからだ。

2018年5月27日日曜日

チャンスの女神

物事には絶妙のタイミングというものがある。しかし往々にしてそれは過ぎ去ってから気づくことの方が多い。
チャンスの女神には後ろ髪がないという。今の暮らしに後ろ髪を引かれていては、チャンスの女神の前髪を掴み損ねることになる。
今が絶妙のチャンスなのかどうかは誰にもわからない。自ら判断し、身体が行動に移ったときこそがチャンスの女神の前髪を掴んだ瞬間なのだと信じることだ。

2018年5月24日木曜日

ターニングポイント

順風満帆だった人生がいきなり転換したのは1995年の117である。そしてまた、多くの人々に生き方の転換を迫ることになったのが2011年の311である。
この2つの震災が教えてくれることは、明日の保証などどこにもないということである。この先ずっと続くとさっきまで信じていたことがあっさり否定されるのだ。
しかし悪いことばかりではない。2つの震災は、いったい何が人生にとって大事なものかをも教えてくれる。
毎日繰り返す日常の日々が、明日も決して同じように続くわけではないと悟った時、人は、自分が本来やるべきであったことに向かって走り始める。
それがたとえ人生の冬に差し掛かろうとしている時ですら、決して遅い決心ではないのだ。

2018年4月25日水曜日

火星はゴーストタウン化に向けてひた走る

火星の人口流出が止まらない。火星に職場がある人間ですら火星には住まない。星自体がICUみたいなもんで順番に退院して棺桶に入っていく。
これを止める術はないのか?ということを真剣に考える暇と金のあるのが火星役場の連中のはずだが、火星交付税におんぶにだっこで日々保身に走るのみ。後は野となれ山となれそのまんまである。
火星議会もまた馴合いで一蓮托生の運命を共有することを潔しとしているように思える。かくして座して死を待つゴーストタウン化は加速度を増すばかりである。

2018年4月5日木曜日

火星役場の残業代稼ぎ

火星役場は日曜日でも夜遅くまで電気が点いている。見ると数人がデスクワークをせずにうろうろしている。霞が関じゃあるまいし、残業するほどの仕事があるとはとっても思えない。事務処理能力の低いのはクビにしろ。たった17億しか歳入のない限界集落。電気代も残業代もムダだから残業禁止令をさっさと出したらどうだ町長?それでなくともラスパイレス指数が高すぎる。

火星役場職員は不遜である

火星役場の町づくり課にメールで問い合わせた。こちらが名乗っているのに、まちづくり課の署名で返信が来た。公僕の方から名乗るのが礼儀というものだろう。火星役場は、町民無視の役場のようだ。火星警察でも名乗るにもかかわらずだ。Who are you ass hole!
メアド
まちづくり課代表" <machi@town.daigo.lg.jp>
署名
大子町役場 まちづくり課
 TEL:72-1131
 FAX:72-1167

あれから2日

三十尾御大が1日にFB川にフライを流し、本命を釣り損ねたことはご存じのとおりだが、その本命がフライを見に来ていたことが分かった。いいね!だけはしてるから。w
ヤマメがフライを見に来て反転して水中に戻っていくことはよくあることで、スレたヤマメにフライが本物かどうかを見極められたわけだ。フライフィッシャーとしては、クソ!と思う瞬間だ。
フライは、ターゲットに合わせ、季節に合わせ、川に合わせて巻くのが鉄則。御大、最近フライ巻いてないでしょ?

地球に還る

火星にやって来て2年半経った。火星ではデリカテッセンとケーキ作りをやりたかったが、火星人とはビジネスできないと分かった。
今、地球でやってたSEOを火星でやってるけど、火星でなくてもSEOはできるんで火星にいる必然性はないなーと思ってる。
それに、最近地球出張が増えてきたので、地球にまた拠点がほしいなと思い始めてる。

火星は座して死を待つ星

火星人が地球大学に行くとどうなるかは火を見るよりも明らかである。当然のように地球企業に就職する。
地球企業に行けば地球人と結婚し、地球人とのハーフの子供ができる。
子供が20歳になるまでに火星の両親は墓に入り、義理でも火星に戻る理由はきれいに消え去る。
火星に戻るチャンスは、火星での起業くらいだが、火星政府は頓珍漢なことばかりやっていて、地球交付税の使い方が全く分かっていない。
地球企業を火星に誘致するためのインフラ整備すら怠ったのだから、来るはずもないのだ。
最後の手段として、火星人に起業させて、働く場を自前で作らない限り、火星で働きたい火星人をとどめる術はない。座して死を待つ星、それが火星である。

2018年3月23日金曜日

「三つ葉葵と修験道について」

 

左は双葉葵、右は三つ葉葵である。
双葉葵は、上賀茂神社、下鴨神社の神紋である。葵祭は、上賀茂神社、下鴨神社、松尾大社の祭礼であり、神草である葵が使用される天照大神の復活を祝う祭である。
これに対し、徳川家の家紋である三つ葉葵は双葉葵に1枚葉を足して作られたと言われている。つまり、徳川家は賀茂氏との何らかのつながりがあることを示している。
賀茂氏といえば陰陽道の始祖であり、陰陽師安倍清明が師事したことでも知られている。そしてまた、徳川家康は陰陽師を厚遇したことでも分かる通り、やはり賀茂氏とのつながりが大きいことを示唆している。
また、徳川家康の墓がある静岡市久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)は、賀茂氏と縁戚関係にある秦河勝(聖徳太子)の息子久能忠仁(はたのひさよしただひと)が開いた鉄舟寺(てっしゅうじ)の境内にあることから、徳川家康は自らが賀茂系秦氏の末裔であることを知っていたということになる。
賀茂氏も秦氏も水を操ることができる一族であったと言われている。水を操るとは治水技術の事を言い、平安京の造営は秦氏の治水技術なくしては達成できなかったはずである。
修験道は役行者(えんのぎょうじゃ)が始祖とされるが、彼もまた賀茂氏である。修験道と言えば大峰山の千日回峰が思い浮かぶが、修験道のメッカと言えばやはり熊野神社であろう。熊野神社は全国に3000社あるとされるが、修験者がその勧請に一役買っていた。また、修験者は幾度となく繰り返された東征の先導役として活躍してもいる。全国にある天狗伝説は斥候として活躍した修験者の姿ではないだろうか。
日本神話において神武東征の際、神武天皇を熊野国から大和国への道案内をしたとされるのが八咫烏(やたがらす)である。
聖徳太子が神道の指導者組織を陰陽師集団「八咫烏」とし、現在まで続いているといわれているが、全国の熊野神社の紋章としても使用されている。

2018年3月22日木曜日

火星漂流記1

ディストリクトK67は、360度山に囲まれている。空を見上げると、山の端から被せられたドーム状のスクリーンに青空や雲が映し出されている。
空は時間によって変化し、季節の変化もある。時には雨が、時には雪が、時には風が吹く。川の水量も、蓄積データに基づいたアルゴリズムに基づいて調整されている。
夜には、その季節のその時間の夜空の星々が輝く。それは、地球から見た空であり、地球から見た夜空である。
火星は、地球からやってくる植民が違和感を持たないように、限りなく地球に似せて環境が整備されている。しかし、当初はそっくりだった環境も、火星人たちによって破壊が進んで、今では、地球人の移民たちには受け入れがたいほど荒廃が進んでしまった。

2018年3月14日水曜日

小説「カーラヌカン」

小説というよりも、ムービーを撮る前に作成するストーリーメモ、シノプシスである。映画撮影は、シノプシスに基づいてカット割りを行い、絵コンテを作る。そして、絵コンテに基づいて撮影は行われる。浜野御大は絵がお上手なので、絵コンテを描いているはずだから、黒沢ばりに絵コンテ本を出版すれば小説よりも売れると思う。w
はてさて、このシノプシスは、撮影前に書かれたものと撮影後に書かれたものが混在しているような印象を受ける。映画にあったシーンそのままのものもあればちょっと違うシーンもあるからだ。
映画を観ているとき、観客は自分の経験と想像でストーリーを勝手に作っていって先読みしてしまうものだが、この想像はいつも裏切られることになる。とりわけ、映画「カーラヌカン」はそうだった。そこで、原作を読むことによって、あー、そういうことだったのかと作者の真意を理解することができるわけで、原作の存在理由はそこにある。
しかし、何と言ってもこの小説の最大の売りは、浜野御大のワープロ原稿を校正なしでそのまま印刷したところにある。時間の問題か、それともシズル感を出すためか?誤字脱字を数えるのをあきらめるように仕向けるのも浜野マジックであろうか?w

2018年3月12日月曜日

震災復興に寄せて

1995年 阪神大震災時、地元の西宮と隣町の芦屋で復興と町づくりボランティアを2年やって、それまでやっていた広告の仕事を辞めて小説を書き始めた。幸い、新聞社から連載小説の依頼が来た。連載小説のお題はワインと女で、毎月のギャラの50万は取材費としてワイン代に使ったので、ソムリエよりも詳しくなり、ワインバーを始めることにした。ワインバーを始めたら、スッチー、ドクター、IT系リーマンの客で繁盛した。 2000年 客で来ていたIT系企業のリーマンから、東京の学校で講座を持ってほしいと言われて、渋谷で講義し始めた。東京での講座が忙しくなったので、移住した。7年後、講師の仕事がなくなったので研修会社のリーマンになった。そして、その会社でインターネット部門を立ち上げた。 2011年 東北大震災を機に移住を考え始めた。 2015年 ど田舎で食関連の仕事を始めたいと思って火星に移住した。火星で1年デリカテッセン作りをやった。火星のお菓子屋の新商品開発をやったが、一向に商品化しないのでアルバイトを始めた。アルバイトを始めた先から、インターネット部門立ち上げてほしいと依頼されてリーマンになった。その後、火星のお菓子屋は破産して、開発費の回収はできなくなったが、3か年計画のSEO業務は順調に進んでいる。 2018年 復興が形になるのに最低10年という時間を要する。7年経った今でも復興は完了していない。地震だろうが、津波だろうが、町は復興できる。しかし、復興を妨げるのが放射能である場合、除染の完了後、復興に着手することになる。これは、原発の廃炉作業がまだ前段階にあるのと同じである。除染は完了するのか?汚染水対策は完了するのか?いつまで掛かるのか?生きているうちに終わるのか? 新たな1歩を踏み出すには、そこから先ず抜けるというのも意味のあることなのではないだろうか? 捨てる神あれば拾う神あり。鬼ばかりの火星にあっても愛に満ちた人はいるものなのである。

火星で死んだ男の物語

地球から火星にやってきた男が死んだ。何しにやってきたのか、なぜ死んだのか誰も知らない。
顔は何度も見かけたことがあるのだが、彼が一体何者であったのか誰も知らない。
結果として、彼は火星を死に場所として選んだことになるのだが、死ぬつもりでいたのかどうかすら誰も知らない。
いつまでも春の気配すら感じない火星に嫌気が差したのかも知れない。凍えた心を癒してくれる火星人がいなかったからかも知れない。
いずれにせよ、彼は、誰に看取られることもなく、この火星で不条理な終末を突然迎えることになったのだ。

「常陸大黒チーズケーキ」に関する残念なお知らせ

2016年6月に、クラウドファンディングにご参加いただきました皆様には「常陸大黒チーズケーキ」の第1号をお送りしましたが、そのときに、2016年の秋口から商品ラインに乗って一般販売されることが決まっていました。
秋になっても連絡がないのでおかしいなとは思っていましたが、しばらく待ってみようと思い、連絡はしませんでした。
ところが、昨日、2017年7月3日、コラボ先であるお菓子メーカーが自己破産し、商品化のめどが立たなくなりました。
昨年1月から6月まで、半年を掛けて開発した商品でしたが、販売されることなく終わってしまうのは実に残念なことです。
69年の歴史あるお菓子メーカーでしたが、新商品の投入に踏み切っていればと決断力と実行力のなさが惜しまれます。

写真:クラウドファンディングにご参加いただいた皆様にお送りした第1号「常陸大黒チーズケーキ」

火星のタイムスリップ

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?の作者フィリップKディックの小説、火星のタイムスリップを読んでいる。やはり火星人は未開人として登場してきて、地球人とは相容れない。w

映画「カーラヌカン」

この映画は、第1作目の浜野御大の作品「さかなかみ」のラブストーリーヴァージョンである。
「さかなかみ」では、幻のイトウを追う老フライマンが主役、カーラヌカンでは幻の女を追う有名カメラマンが主役である。
キーワードはイニシエーション(通過儀礼)、メタモルフォーゼ(変身)。そのシンボルとしての蝶。
デステニーを予言し、行くべき道を指し示す導師としての蝶。時間、空間を自由に行きかう真海の色即是空、空即是色。
真海との出会いは光の発心。真海にとってはメタモルフォーゼのトリガーである。
「愛になる」とは、何ものにもとらわれずにものごとに対峙すること、在るものを在るがままに受け入れること。即ち解脱。ビートルズの「Let it be」の世界である。
ラストカットの光の決め台詞は、うちなーぐち(沖縄語)の本来の意味として使われている。その意味とは、語源に照らせば「自然と、ひとりでに」を意味する『なんくる』、「成る」を意味する『ない』、終助詞『さー』がついたもので、「自然と(あるべき様に)なるものだ」という意味である。
しかし、ここはドリスデイの名曲でヒッチコック映画「知りすぎていた男」のテーマソング、「Que Sera, Sera」でもぴったり来そうだ。